前回までの安全性の話から一変して、今回から馬力と速さのお話を二回にわたりお伝えします。
バイク乗りの多くが持っている共通の興味、それが馬力。
とにかく一つの数字で、簡単にバイク同士の比較ができる、ある意味非常に便利な単位です。
そしてこの簡便さが、一番誤解を生みやすいポイントでもありますし、ライダーにアピールしやすいが上に、メーカー間の開発競争の目標になったりします。今回は、この馬力についていろいろ考えてみたいと思います。
さて、馬力といえばカタログです。それでは早速バイクのカタログを開いてみましょう。
<カタログスペックをひも解こう>
これから、バイクを選ぶときにほとんどの人が見るもの、それがカタログ。
カタログにはそのモデルに関して、色々な情報が含まれています。
最初は多くの人は、恐らくカタログの美しい写真をみますが、最終的に候補のモデル同士で比較するのが、主要諸元、いわゆるスペック表だと思います。
その中でも、数値化されていて、感覚的に比較しやすい情報、最高出力と車重は比較の対象になります。
ここでは、二つのカタログを用意しました。W650とZZR400です。全く違うスタイルのバイクですがこれを比較してみます。
早速、馬力と車重のスペックを抜き出してみましょう。
W650 最高出力 37kW(50PS)/7,000rpm 乾燥重量 195kg
ZZR400 最高出力 39kW(53PS)/11,000rpm 乾燥重量 197kg
あれ、馬力、重量共にほとんど同じですね?ということは、乗ったときの速さは同じはずですが、実際乗ってみると、W650の方が普通に乗るならば、恐らく速いと思われる方が多いと思います。
なぜでしょう?
当然といえば当然ですが、最高出力はエンジンの性能をあらわす一つの単位に過ぎません。
よってこれだけで、そのバイクのエンジン性能を表現できるかといえば、もちろん無理なことです。
結論からいいますと、機械でありながら、そのキャラクターは数字では表現できない、バイクでは数字より感覚が優先するのです。
<馬力って何?>
それでは、お話を進めましょう。
馬力の、一般的な単位である”1ps”(最近はSI国際単位系のKW表記が増えましたね)というのは75kgfのものを1秒間に1m動かすことができる仕事率のことです。
これではまだピンときませんね?
お話を、もう少しわかり易くするためには、トルクというものをまず説明する必要があります。
トルクって何?ということですが、軸を回す力のことです。ある軸に1mの棒をつけて、その棒の先を1kgfの力で回したとき、
この時のトルクは1kgf-mです。
なお、バイクの場合のトルクというのは、エンジンの中のクランク軸(ピストンやコンロッドの付いている、エンジンの中心にある回転軸)でのトルクとなります。
そして、この馬力というのは、トルクと密接な関係にあります。
ちなみに、馬力(ps)は簡易的に以下の式で求められます。
馬力(ps)=トルク(kgf-m)×回転数(rpm)÷716.2
要するに、馬力とはトルクに回転数を掛けて、係数で割ったものです。
もっと単純にいうと、馬力とトルクは比例関係にあり、同じ回転でトルクを上げれば、馬力も比例して上がります。
まだわかり難いので、体感的にわかり易い例を出しましょう。
ここに、変速機付きの自転車があったとします。
ここでは、
- 低いギヤ段数(ペダル側のギヤが小さく、リヤタイヤ側のギヤが大きい状態 ギヤ比大)
- 高いギヤ段数(ペダル側のギヤが大きく、リヤタイヤ側のギヤが小さい状態 ギヤ比小)
としておきます
ここで、低いギヤ段数を選ぶと、足にかかる負担は少ないですが、速度を上げようとすると足の運動回数を増やさなくてはいけません。逆に高いギヤ段数を選ぶと、足にかかる負担は大きくなりますが、運動回数は少なくてすみます。
さて、これら二つのギヤを選択して、いずれも同じ速度で走っていたとすると、自転車全体としての馬力は一緒です。
そして、足にかかる負担の差、これが必要なトルクの差で、運動回数は、エンジンの場合回転数にあたります。
つまり脚力が弱かったら、その分速く動かせば、同じ速度で走ることができるということです。
これで馬力とトルクの関係は、わかりやすくなりましたね?
<加速力を考える>
これで、終わりではありません。もうひとつ肝心な問題が残っています。
話をバイクに戻しますと、あなたがあるバイクに乗ってパワーがあるかないか、というのは加速力で判断しますよね?
例えば、4000rpmから6000rpmになる時間や、40km/hから60km/hになる時間が短ければ加速が良いということになります。
ところが、馬力を見ただけでは加速力は完全に判断できないのです。
この話を展開するのに、まずは走行抵抗のお話をしましょう。
当たり前ですが、どのバイクにも最高速というものがあります。
あるバイクが走っているときに車体にかかっている走行抵抗(力で表現できます)に対して、バイク自身が前に押し出そうとする力が全く同じになったときにバイクは加速することを止めます。これが最高速が出ている状態です。
ちなみに走行抵抗とは、速度が低い間は、タイヤの転がり抵抗だったりしますが、速度を増す事によって、空気抵抗が大部分を占めるようになります。ちなみに空気抵抗は速度の二乗で増加します。
さて、ということは、バイクが加速出来る状態というのは、走行抵抗に対して、バイクが前に押し出そうとする力が勝っているときで、この力が大きければ大きいほど、前に押し出せるのですから、余力があるということになり、加速力は良いはずです。
でも、馬力=加速力とはなりません。
<加速を決める要素>
問題は大きく三つあります。
一つめは、先にお話した走行抵抗です。この中でも、一番重要なのはバイクの空気抵抗です。200km/hで走れば、大体走行抵抗の4分の3は空気抵抗です。
このため、同じバイクでも、カウルのあるなしで、最高速は違いますし、もちろん加速もかなり変わってきます。かなりカスタムされた車両で、アンダーカウルを外して、最高速が・・・という話がよくありますが、これはパワーを上げた以上に、空気抵抗で食われているということです。
本来ならば、バイクでも空力を詰めていきますと、加速は良くなるし、燃費は良くなるし、技術的には良いことずくしですが、このへんが車と違うところで、技術的に良い=ユーザーにとって良い、にならないところで、見た目や整備性が犠牲になっては製品として成立しないことになってしまいます。ある意味技術屋さん泣かせな部分です。
二つめは、ギヤ比とホイールの大きさです。
ギヤ比とはギヤとギヤが噛み合っているときの、二つのギヤの歯数の比です。15枚のギヤが45枚のギヤに噛み合っているときのギヤ比は3です。バイクの場合、バイク全体の総ギヤ比(総減速比)は3つの数字を掛け合わせることで得られます。
最初はクランク軸からクラッチハブ(動力を切ったり繋いだりするクラッチの板が入っている部分です)への減速、これを通称、一次減速と呼びます。次にトランスミッションでの減速がありこれは選ぶギヤで決まります。最後に、チェーンによってエンジンからリヤホイールに力が伝えられます。このときにエンジン側のギヤ(フロントスプロケット)からホイール側のギヤ(リヤスプロケット)への減速、これを通称、二次減速と呼びます。
一次減速に、トランスミッション減速、二次減速を掛けると総減速比になります。
参考に、最初に例に出した、ZZR400とW650でちょっと計算してみましょう。以下はいずれもトップギヤ、ZZRが6速、Wが5速のときです。
ZZR400
2.441(一次減速)×2.705(二次減速)×1.083(ミッションの減速)=7.15(総減速比)
W650
2.095(一次減速)×2.533(二次減速)×0.851(ミッションの減速)=4.51(総減速比)
総減速比はだいぶ違いますね。ところがこれに最高出力の出る回転数で割ると面白い事になります。
ZZR400
11000(rpm)÷ 7.15 = 1538(rpm)
W650
7000(rpm)÷ 4.51 = 1552(rpm)
回転数を総減速比で割ったのですから、ここで得られるのは、最高出力発生時でトップギヤでのリヤホイールの回転数になります。この2台でのホイールの回転数が一緒ですから、最高速はほぼ同じということになります。でも実際は、上でお話したとおり、最高速ともなりますと、バイクにかかる空気抵抗が非常に大きくなりますので、最高速はフルカウル付きで遥かに空気抵抗の良い、ZZR400の方が速い、ということが出来ます。
さて、減速比のお話で、もう一つ肝心なのは、ギヤを経ることによって、回転速度は落ちてきますが、逆にギヤ比分だけトルクが上がるということです。トルクが上がるという事は、リヤタイヤが前に押し出そうとする力が増大するということになります。
このためギヤ比は、バイクが前に押し出そうとする力が走行抵抗に対して勝っている場合、高ければ高いほど、加速力が大きくなるということになります。
もちろん、ギヤ比をむやみに高くすると、ライダーが回転の制御がし難くなったり、最高速が落ちたり、燃費が悪くなったりするので、実際には限界があります。
さらにこのトルクを推進力として最終的に推進力として、タイヤが地面に伝えますが、同じトルクでもこの大きさによって駆動力は変わり、小さいほど駆動力は大きくなります。もちろんホイールを小さくすればするほど、ホイール一回転あたり移動できる距離が短くなるので同じく最高速が落ちます。
ちなみに、50ccのスクーターはギヤ比(実際にはVベルトを使ったプーリーでギヤではないですが)が高く、またホイールが非常に小さいのである速度(例えば30km/h)までは非常に鋭い加速をします。何十馬力もあるバイクが、最大7.2psしかない50CCスクーターに、発進で負けることもあるのはこのためです。
さて、加速を決める重要な要素の三つめがレスポンスの問題です。
ここで、レスポンスとは、
@ある回転からある回転になるための時間
Aスロットルを開けてから反応するまでの時間
Bスロットルの開度に対する反応
ということです。これらは馬力では完全に表現できませんし、スペック表をみてもわかりません。
このレスポンスの問題があるので、同じ回転数で100ps出るエンジン同士でギヤ比が同じでも、加速の良し悪しが生まれます。
@ですが、これはエンジン内の機械的な摩擦などの抵抗や、ピストンやクランクシャフト等々の重さが影響してきます。ピストンや、クランクシャフト等の重いものが運動していると慣性力というものが作用します。そう、あの動いているものは動きつづけるというやつです。重いと同じ運動を保とうとするため、加速減速させるには大きな力が必要になります。
Aのスロットルを開けてから反応するまでの時間については、経験のある方が多いと思いますが、例えば開けた瞬間にある一瞬のもたつきです。逆に鋭すぎて、インジェクション車のようにドン付きと呼ばれる急にレスポンスする場合も加速に移りにくいので結果として加速力が生かせません。加えて、エンジンだけでなく、サスペンションの設定が適切でないと、車体の前後方向の動き(ピッチング)が大きかったりすると、一瞬加速がもたつきます。
Bスロットル開度に対する反応ですが、スロットルグリップを閉じた状態から、10%開けた時、50%開けた時、全開にしたときそれぞれ反応が違います。このため、バイクの開発ではスロットルグリップにホワイトマーカーで印をつけておき、スロットル開度ごとの反応をみます。
このように多くの要素がからんで、加速というものが生まれます。このように馬力=加速にはなりません。
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さて、今回はここまでにして、残りは次回としましょう。次回は体感的な速さということを中心にお話を展開します。
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