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バイクの馬力と速さを考える、の二回目。今回は、実際の速さと体感的な速さということに的を絞ってお話を続けます。 <カタログをもう少し読んでみよう ー トルク曲線> 馬力を考える上でもう一つ大事なことが、トルク特性です。 バイクのカタログを見てもらって、スペック表のとなりあたりに性能曲線というものがあり、ここには2本の線が書いてあります。 ここで注目してもらいたいのが、軸トルクの曲線です。 この曲線を見ると例えば前回例に出しましたZZR400では9000rpmがピークで、W650では5500rpmがピークになっています。 そして、その曲線のかたちはこの二機種ではずいぶん違います。W650では低回転でトルクがある、ということは比例関係にある馬力もあることになります。 逆にZZRでは低回転域のトルクは低く、総じて低回転域では馬力が(W650と比較して)低いということになります。 このトルクのピークの位置を高回転側に移動させれば、高回転型エンジンと呼ばれ、そのピークの回転域前後を使って走ると強力な加速が得られます。 W650のように低い回転で強いトルクを発生する場合、発進は強力になり、街中での使い勝手は向上します。逆にエンジンを回して走ろうとすると、回転が伸びていく感じが薄くなります。 さて、この低回転型エンジンの最たる例はトラックに使われているディーゼルエンジンで、もちろんトラックですから、重い荷物を積んでの、発進加速が一番重要で、逆にそのあとの加速はあまり意味をもちません。その意味では究極の低回転型エンジンということになります。 さて、よくスポーツバイクをカスタムして、速くしたいという場合、マフラーを変えたり、キャブレターを変えたりして、高回転型エンジンに、仕立てますが、確かに高回転域では馬力を得られますが、それを公道で乗る場合、逆に通常使う回転数でのトルクが低い、つまり馬力が低くなってしまい、速くするつもりが実用では遅くなることが結構あります。もちろん、出来の良いマフラーを装着したり、適切なキャブセッティングを施せばトルクを全回転域で上乗せできるので確実に速く出来ます。 <演出される速さ> さて、ここまでお話ししてきた”速さ”とは、計器で計測したときの速さで、体感的な速さとは違います。 このへんが、またいろいろ誤解を生むところではないかと思います。 例えばサーキットでの速さとはラップタイムを詰めること、別の言葉で表現すれば、一周する間の平均速度を上げることです。 この平均速度を上げるためには、ある程度理詰めの作業になります。いわゆるレースで使うパワーバンドといわれる回転域ではあまり極端なトルク変動がなく、扱いやすい必要がありますし、他のバイクを抜くためには、ストレートでの最高速も稼ぐ必要があります。一方、コーナーの立ち上がりでは強力な加速がないと、やはりタイムは短縮できません。本当の速さを得ることは、とにかく地道な作業の積み重ねです。 ところが、バイクの平均速度を上げる作業と異なり、一般公道では、馬力の立ち上がり方や、バイクの振動、音、風圧などで表現される、”演出された速さ”が、イコール、ライダーにとっての速さになります。 例えば、昔の2stのバイクは二次曲線的に急にパワーが立ち上がり、ものすごく速く感じたはずです。いわゆる旧車と、今のバイクを同じライダーに乗せたら、確実に今のバイクのほうが”物理的に”速いはずです。 そして、排気音、吸気音、エンジンノイズがさらに速さを演出します。マフラーを交換して速くなったと思うのは、通常の速度域で走る限り、この音による演出の効果が大きいでしょう。危険なのであまりおすすめしませんが、試しに耳栓をして同じバイクに乗ってみたら、かなり遅く感じるはずです。この演出は映画のようなもので、ホラー映画でも音が無ければあまり怖くないのと同じことです。 加えてエンジンパワーを受け止める車体も、昔のバイクの場合、前後方向に激しく動いたり(ピッチング)、車体剛性も低かったので、フレームがよれたり、激しい振動も発生して、これらが、結果的に速さをかなり演出していたと思います。これは、ジェットコースターを想像してもらえれば判りやすいかもしれません。同じ速度や加速度でも、視覚的な効果や、振動を加えると速さが演出されます。 バイク自体からは少々ずれますが、この視覚的な効果というのも、速さを演出するのに無視できない要素で、同じ速度で走行していても、狭い路地での80km/hと、高速道路での80km/hでは、狭い路地での80km/hのほうがものすごく速く感じるはずです。速度だけでなく、加速度まで違うような感覚です。これは狭い路地では視覚的な情報が多くなり、ライダーの頭の処理速度が追いつかなくなるからです。もちろんこのような処理速度が追いつかない状況は危険なのはいうまでもありません。 バイクは、とにかく感覚が支配する乗り物ですので、乗って速さを体感し、満足する為には、ある程度の実際の速さとは違う”速さの演出”というのが必要になると思います。つまり五感全てで速さを感じ取れるようにするに演出する必要があります。 話は脱線しますが、今年発売されたH社の新型CB1300SFのエキゾーストパイプに可変のバルブがセットされ排気音の音量や音程を変えるような、デバイスが導入されました。これは音による速さや気持ちよさを演出するための工夫です。バイクもついにこのような次元まで技術が向上してきたのかと、思うと感慨深いものがあります。 さて、演出される速さという意味では、エンジンの形式によっても演出の仕方が違います。Vツインと並列4気筒、空冷と水冷エンジンなどの違いによっても演出される速さは異なり、ライダーによって好みは異なります。例えば、空冷と水冷の場合、絶対的に水冷の方がパワーが出せ、物理的に速いはずですが、空冷のゴリゴリとした回転の感覚、そこからある程度振動を伴って演出される速さが好みである方も多くいます。 このように、レースで100分の1秒を争う訳でもなければ、ある程度の排気量のあるバイクであれば十分に速いわけで、あとはどのように速さを演出するか、それがバイクの面白さだと思います。 個人的に思うところとしては、これからのバイクの開発は、この感覚的な速さというものにもっとメスが入っていくと思います。本当に気持ちよいバイクが、安全な速度で楽しめる、というのが理想的だと思います。 <計測される馬力> 話は最初に戻って、最高出力ですが、とはいってもやはり、自分のバイクの最高出力は何馬力か?と気にされる方が多いと思います。 この際に、良く登場するのが、シャーシダイナモという馬力の計測器です。 ところが、結論からいいますと、この計測器ではあなたのバイクの絶対馬力は計測するのは困難です。出来ないというべきでしょうか。 なぜかということですが、馬力計測をご覧になったことのあるかたならば、シャーシダイナモでのパワー計測は後輪で計測することはご存知と思います。ということはこれで得られるのは、後輪軸出力です。ところがメーカーが公表しているのはクランク軸出力ということで、得られた後輪軸出力を、気温や、気圧、その他のデータから係数を決めてこれに掛けます。 ところが、この計測結果ですが、例えば後輪タイヤで回すドラムの温度状態とか、エンジンの暖気の状態、タイヤの状態、ホイールのスリップ、計測する人の技量等々、同じバイクでも結構結果がバラついたりします。さらには係数で修正しますので、この係数によって得られる数値が変化します。 一方、メーカーで行なう馬力計測というのは非常に厳密なもので、メーカーでも一日で数回しか計測できないくらい難しいものです。回転計の精度、温度計の精度、大気圧力計の精度、使用ガソリンの指定、等々、非常に多くの制約があります。この馬力計測だけでも、各メーカーのノウハウというものがあるくらいです。さらには、最近のバイクではラムエアという、走行時の空気を押し込むような機構がついてるものがあり、これがあると、さらに計測は難しくなります。 はっきり言って、馬力は水物です。 さて、ではシャーシーダイナモというのは意味がないか、と言われるとそんなことは全く無く、絶対馬力計測目的ではなく、相対比較やエンジンコンディションを診るための最高の道具と言えます。 つまり、あるバイクでマフラーを交換して、ノーマルとの比較をするとか、2台のバイクを持ち込んで、どちらの方が馬力があるか、とか確認したり、セッティングで明らかなトルクのつながりの悪さを発見するとか、このような用途には適しています。 このため、シャーシーダイナモ上の1馬力で一喜一憂することはありませんし、メーカーのカタログデータ以下の馬力しか出ていなくても、これで問題がある、ということではありません。 また、これまでにお話したとおり、馬力=加速力ではありません。ギヤ比を変えなければ馬力を上げると最高速は上がりますが、実用上で加速力が増すとは限りません。結局はこのような計測器では体感的な速さは計測できません。 むしろ、シャーシダイナモ上で、ある程度トルクの特性に問題が無くなったら、実際に乗って感覚的な速さを詰めていった方が良いのではないでしょうか?結局は乗らないとわからない、ということです。 このように、完全に数値で表現できないところにバイクの醍醐味があると思います。 <馬力のお話の最後に> 最後までお読みいただけたでしょうか? このように、バイクとは機械でありながら、体感的な速さというのはここまで技術が進歩しても、計測器でも表現しきれないものであり、まだまだライダーの感覚に支配される部分が多く、それを体感的に詰めていくのがバイクの面白さのひとつである、ということをお伝えしたかったのが、今回のコラムの目的です。 速さだけに留まらず、バイクはまだまだ奥深く、技術で解決できない問題がまだまだたくさんあります。ということは、まだまだバイクは進歩の余地があります。未来にはどんなバイクが出てくるのでしょうか? 次は、バイクと素材というお題です。次回もよろしく! |
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