前回は、馬力という数字で見える、体感できるお話でしたが、今回は技術発展の要、素材のお話をしてゆこうと思います。
素材といえば、とかくチタンやカーボンなど、見た目にも派手なものに目が行きがちですが、裏方では鉄がやはり重要な位置をしめています。今回は、まずこの鉄という素材からお話しを始めます。

<金属の王、鉄>
素材と言えば、やはり鉄。今では鉄とは金を失う、と書きますが、鐵、金の王哉、とも書ける、いわば金属の王です。
今や軽量化が進んだバイクでは、かなりの部分がアルミに変わってきてはいますが、それでも最も肝心な部分、例えば、フロントサスペンションのインナーチューブ、同じくサスペンションのバネ、アクスルシャフト、ブレーキディスク、フューエルタンク、エンジンの中を見れば、クランクシャフトを始め、ギヤ類、もちろん、ボルトナットのほとんどは鉄、正確に言えば鉄と炭素、マンガン、クロム、その他種種との合金、要するに鋼で出来ています。これらのパーツは、バイクの中でも結構な重量を占めており、これらを他の材料に置き換えればきっと軽くなるし、特に動く部分に、使えれば、かなり性能向上できるでしょう。

もちろん、先に挙げたパーツの多くは、レースなどでは、別の材料に置き換わっていることがよくあります。もちろんレース用のパーツはお金が掛けられるので、採用されることも多いのですが、ことに市販車については、金銭面のほかに信頼性という面で、採用できない場合も多々あります。そう、一番肝心な部分には、特に市販車用としては一番信頼できる鋼をつかう、というのが今現在でも市販車には鋼が使われている理由です。

鉄には、他の金属に無い、最大の特徴があります。
それが、@疲労による破損を設計的に予測できること、A溶接が簡単なこと、B剛性が高いこと、C加工がしやすいこと、等です。一言でいうと、きちんと設計されていると、安全性が高いということです。特にバイクのフレームとかの構造物に使いますとAの溶接が簡単ということが、非常な利点として上げられます。他の材料ですと、アルミは加工は簡単ですが、溶接が困難、チタンは溶接、加工が困難です。このように鋼とは、全てのバランスが良く、安全で、製造にコストがかからないという、非常に優れた素材です。ですが、問題は3点。比重(密度)が7.8とアルミの3倍、チタンの2倍あることと、腐食です。腐食については、ステンレスのように色々な他の金属を混ぜる事によって良くなりますし、塗装やめっき等で何とか出来ますが、比重は、変えようのないことです。剛性は確かに高いのですが、比重との掛け算になると同じくらいの強度になってしまい、断面を大きく取れるのであれば、アルミやチタンの方が強くなります。このため場所は取りますが、フレームのようなものであればアルミが適していることになります。逆に、小さくする必要があり、大きさの制限されてしまうもの、また安全性を求めるものには鋼ということになります。

またその比重に対する強度を確保する為に、鍛造、窒化、ショットピーニング等、科学的に表面を硬くしたり、叩いて硬くすることで、それをカバーしています。まだまだ鉄は機械の中心に居つづけるのです。

<今のバイクの中心、アルミ>
前の部分で述べたとおり、場所に余裕があれば、近年強度の上がってきたアルミ素材は軽く、非常にバイクに適しています。
昔は、アルミの弁当箱みたいに、腐食して穴が空きやすいことから、あまり高級なイメージはありませんでしたが、塗装やアルマイト処理を施す事によって、表面皮膜を厚く強くすれば腐食にも強くなります。
ついでですが、このアルマイト処理というのは非常に便利なもので、もちろん腐食に強くなったり、硬い表面であることから磨耗性が高くなることもありますが、着色が出来るというすごい特徴があります。アルマイト処理で作られた皮膜には無数の穴がありここに染料を染み込ませると着色が出来ます。何と金属の光沢を保ったまま着色が出来るのです。金色のフロントフォークや、ブルーやレッドのアルマイトアルミパーツが使われるようになってきましたが、非常に高級感が出ます。このようなことはどのような金属でも出来るわけではなくて、アルミでしか出来ません。
さて、バイクを見渡すと、エンジンのほとんどのパーツを始め、フレーム、スイングアーム、ホイール、スーパースポーツ車のフレーム等、ほとんどの部分が、アルミといっても良いでしょう。同じく前述の通り、溶接の困難なことがアルミの最大の問題ですが、溶接技術向上、や鋳造技術向上でその溶接自体をしないようになってきています。こうなると、アルミの天下ですね。
ただし、アルミという材質は、必ず壊れます。脅し文句のようですが、応力(=力)が掛かっていると、いつかは必ず壊れるのがアルミです。
もちろん、各メーカーから発売されているバイクは強度計算はきちんとされているので、通常考えられる使用期間で破損することはありません。
ただし、事故等でフレームに過度なダメージが加わった場合は注意が必要になります。外見上、ダメージが全く無いようでも、ダメージが蓄積されている場合があり、破損がいきなり起こる可能性があります。全く出来無いわけではありませんが、このためアルミ製のフレームは基本的に修正が効かないのです。
あといくつか、アルミの特徴を挙げると、そして忘れてはいけないのは、アルミは熱を伝えやすいこと。この特性があるのでエンジンはアルミ合金で出来ているのです。
あと肝心な特徴としては、リサイクルがし易いことで、スチールの10分の1程度の値段でリサイクルできるようです。
このことから、環境のことも考えると、より一層バイクはアルミ化していくというのが当面の方向性でしょう。

<チタン>
現在のバイクに多く使われるようになってきた素材、それがチタンです。
とにかく一昔前まで、チタン素材といえば超高級品、それこそワークスのレーサー位しか使っていませんでした。まだまだ、高い素材であることは違いありませんが、アフターマーケットでのチタンマフラーを皮切りに、ノーマルでもチタンマフラーや、エンジンバルブを使用したバイクが次々と登場しています。マフラーでは、4気筒の大排気量車のノーマルマフラーがステンレスだとしたら、およそ15kg程度ありますが、
全てチタンで出来ているものだと大体3.5kgくらいまで軽くなります。最もバイクメーカーのノーマルマフラーは、腐食や経年変化、強度を考えてパイプが二重になっているためどうしても重くなってしまうのです。

さてこのチタン、使われている部位は、ある程度の強度が必要で、腐食してはいけない部分、さらには軽量化が必要な部分、さらには高温に晒される部分と非常に過酷な場所です。単純に鋼を使っていた部分にチタンを採用すると、強度を保ったまま(チタンは重量あたりの強度が最強の金属です)およそ40%の軽量化が出来ます。
特に上下に激しく運動しているエンジンバルブに採用すると、バルブが高回転になっても追随しますし、軽いのでそれを支えているバルブスプリングも弱く軽いものに出来ます。結果としてメカニカルロス(いろいろな部分が運動するときの抵抗)が少なくなり、より高回転まで回るエンジンになります。

また、アルミと違い、疲労強度(つまり何回負荷をかけたら壊れるか)が計算出来るのも安全性を確保するためには非常に好ましい点です。ただ、加工や溶接に手間が掛かるのが玉にきずで、これが高いものにしている要因でもあります。あとは、熱伝導率があまりに低い為に熱が逃げません。鉄の1/3、アルミの1/10です。このため、強度があるから、軽いからといって、むやみやたらに色々な場所に使うことが出来ないのです。ですので放熱が必要で、また非常に熱を持つピストンには使えません。使ったらあっという間に温度が上がって焼き付いてしまいます。
素材にはそれぞれ得意、不得意があり、万能な素材などは存在しません。

<非金属材料>
金属以外で使われているものとしては、プラスチック、カーボンファイバー、セラミック等があります。
いずれも日進月歩で技術革新が行なわれ、より軽く、強くなってきています。

この中でとにかくバイク乗りの憧れはカーボンファイバーです。とにかく信じられないくらいに軽くて丈夫。そして、特徴的なカーボンファイバーの格子模様がなんとなく高級で機能以上に、見た目に魅力があります。ただし、その値段の高さが非常なネックでノーマルのバイクでは、ドゥカティなどの高級仕様車にしか使われていません。カーボン素材は、ご存知のとおりカウリングやフェンダーに使われたりします。

このカーボンファイバー、大きく分けて二種類あります。
いわゆるドライカーボンとウェットカーボンです。ドライカーボンは、カーボンの繊維をエポキシ樹脂で固めて、これを釜の中で加熱して硬化させます。するとご存知のあの軽いカーボン製品になります。ただし特殊な釜を使うし、手間が掛かるので高い製品になってしまいます。
もう一つがウェットカーボンと呼ばれるもので、これはカーボン繊維のシートにポリエステル樹脂を含浸させて、それを自然乾燥させます。簡単に造れますが、こちらはドライカーボンより強度は低く、いわゆるガラス繊維で同様に造った、FRPよりちょっといい程度です。

ここで、ついでですので一言加えますと、このカーボンファイバー、繊維を固めたものですが、繊維の方向によって、引っ張ったり、押したりする時に、方向によって強度が変わります。このような素材を異方性材料といいます。もちろんある方向から押したり引いたりしただけで割れてしまっては困りますので、このカーボン繊維のシートは一枚ではなく何枚も張り合わせてあります。この繊維の方向の取りかた、枚数で強度が著しく変わります。だからカーボンファイバー製品だから絶対丈夫、ということではないのです。きちんと考えて造らないといけません。

最後に、セラミックです。少々古いことになりますが、以前80年代にニューセラミックブームというものがあって、全部セラミックで出来たエンジンまで考えられたこともありました(実現はしませんでしたが)。
そして現在、一部の自動車(ポルシェとか)ではセラミックで出来たブレーキディスクを持つものが出てきました。何と、現状のものに比べて重量が半分で、効きもブレーキのタッチもフェード性能と全て優れていて、耐久性はポルシェの場合30万kmということで、ブレーキとしては最強のものです。とにかくフロントホイールに重いディスクを持つバイクでは、軽量化、ハンドリング、サスペンションの性能向上と全て良くなるはずで、もちろんものすごい高価なのでしょうが、是非とも採用してもらいたいアイテムだと思います。

<適材適所>
さて、こうやって見てきますと、現在の最先端のバイクでは、決められたコストの中で最善の素材が使用されていることが良くわかると思います。正に適材適所です。
特に軽量高性能が極度に要求されるバイクにおいては、素材の進歩無くしては進歩がありえません。そして、ついに2004年のスーパースポーツバイクでは170psで170kgなどというバイクも登場します。アルミ、チタン、マグネシウム・・・まさに軽金属のオンパレードです。10年前では考えられなかった進化です。
もちろん新素材は、軽さだけでなく、きれいな見た目や、コストダウン、耐久性向上、複雑な造形の構築など、色々な部分で生かされるはずです。次はどんな素材がバイクを変えるのでしょうか?そして10年後はバイクはどんな姿になるのでしょうか?